障害者らに不妊手術を強制した旧優生保護法(1948~96年、旧法)は立法時点で違憲――。最高裁大法廷が3日に下した判決は、私たちに何を問いかけているのか。原告らを支援し、国による謝罪や検証を求めてきた藤井克徳・日本障害者協議会代表(75)に聞きました。

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原告らと首相に面会し、強力なイニシアチブを求めた藤井克徳さん=東京都、2024年7月17日、首相官邸、井上義治さん撮影

 ――判決をどう受け止めていますか。

 一言でいえば、「令和の名裁き、国に鉄槌(てっつい)」です。緊張感が漂う法廷の傍聴席に私はいました。「上告を棄却する」。裁判長の声がキラッと輝くようでした。原告の勝訴を確信しました。弁護団が座っている方向から「よし」と押し殺したような声が聞こえ、判決文の1文ごとに、あちこちから「うん、うん」「そう」という声も漏れました。

「当時は合法」決別に感涙 でも戻らぬ体

 そして、閉廷が告げられた時、拍手が法廷にわき起こり、私の目は涙でいっぱいになりました。国が繰り返してきた「当時は合法だった」。この言葉と、とうとう決別する日が来たという喜び、勝利判決が確定しても元の体に戻らない悔しさ……。原告の思いが私に重なりました。原告を取り囲むようにハグや握手が続き、両手をひらひらさせる手話の拍手もありました。

 強制不妊手術は、戦後における最悪の人権侵害であり、障害者政策史上で最大の未決着問題です。人権のとりでである最高裁が、「個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反する」、「差別的取り扱い」と断じた。画期的、歴史的なできごとです。

 今回対象となった5訴訟の原告だけでなく、全国の被害者の救済に道を開くことにもなります。

 旧法にある「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」という文言に、底知れぬ恐ろしさを覚えてきました。私の解釈は、旧法は優生思想に基づき、障害者の子どもは障害を持つものと考えるべきで、障害者に子どもをつくらせてはいけない、となります。

 私は、全盲の視覚障害者です。「不良」という言葉は、私自身にも向けられていたのです。

 ――判決内容で注目したのはどんな点ですか。

 第一は、旧優生保護法は、自己の意思に反して身体への侵襲を受けない自由を保障する憲法13条に反し、特定の障害のある者らを不妊手術の対象者と定め、それ以外の者と区別することは差別的取り扱いにあたるなどとして第14条1項に違反すると明言したこと。

 第二は、この法律は制定時から違憲で、立法を行った国会議員に職務上の違反があったことを指摘した上で国の賠償責任を認めたこと。多数意見では「立法当時の社会状況をいかに勘案したとしても、正当とはいえない」とし、旧法は「特定の個人に対して生殖能力の喪失という重大な犠牲を求める点において、個人の尊厳と人格の尊重の精神に著しく反する」としています。

 第三は、不法行為から20年で賠償請求権が消える「除斥期間」を無条件で適用しないこととしたことです。判決では、訴えが除斥期間の経過後に提起されたことをもって、除斥期間によって国が損害賠償責任を免れることは、「著しく正義・公平の理念に反し、到底容認することができない」としました。完全勝訴と言っていい内容です。

 ――判決後の集会で、「これからが本番」と語りかけていました。

全面解決へ 早急に理念法と補償法制定を

 判決は裁判の終着駅ですが、旧優生保護法問題の全面解決への始発駅でもあるのです。立法府、行政府に関わる問題は決着していません。全面解決を山の頂上とするなら、今は7~8合目。頂上へ向かう大きなステップを刻んだ判決に負けない全面解決を果たさなければなりません。

 ――7月17日、原告らと面会した首相が謝罪しました。

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旧優生保護法の下で不妊手術を強制され国に損害賠償を求めた訴訟の原告らから要求書を受け取る岸田文雄首相(右端)=2024年7月17日午後3時、首相官邸、岩下毅撮影

 原告、弁護団、支援者ら約130人と、私も官邸で面会に臨みました。首相は「政府を代表して謝罪を申し上げます」と言いました。命に優劣をつける優生思想、障害のある人は劣るとする考え方から脱却した社会をめざすことを示すもので、旧法を巡る全面解決への歯車が動き出した。

 私は、謝罪には「補償」という性格が伴うと考えています。この点で、「おわび」ではなく「謝罪」としたことに格別の意味があると思っています。

 今後の課題は、政府が原告、弁護団と基本合意文書を結ぶことです。そこには被害者の人権・名誉回復、障害者らも含めた第三者からなる検証体制、再発防止策など基本的な事項を盛り込むべきです。一時金支給法に代わる新法制定への後押しにもなる。

 ――一時金支給法は、2019年に議員立法で成立し、被害者に一律320万円支給するという内容です。どこに問題がありますか。

 一時金支給法には、強制不妊手術などによる心身への多大な苦痛に対して、「我々は、それぞれの立場において、真摯(しんし)に反省し、心から深くおわびする」とありますが、「我々」ではあいまいです。旧法下での強制不妊手術の責任主体を「国」と明示すべきです。

 「おわび」も、補償や人権・名誉回復を前提に「謝罪」とすべきです。補償の対象に被害者だけでなく配偶者なども加え、申請を待つのではなく、謝罪しながら被害者一人ひとりに補償金を届けるぐらいの姿勢が必要です。

 さらに重要なのは、検証体制と再発防止策です。旧法がどのように制定され、なぜ半世紀近くもこの社会に居座ったのか。旧法が母体保護法に改正された1996年以降も国は謝罪や補償をせず問題を放置してきたのはなぜか。検証なくして再発防止はあり得ません。

 優生思想をなくすための理念法も必要です。全省庁に取り組みを促し、市民社会の意識を変える礎になります。

 裁判では「時の壁」が立ちはだかっていました。不法行為から20年で賠償請求権が消える「除斥期間」の問題です。被害者は高齢になっています。早急に二つの法体系を国会はつくってほしい。判決が確定した今、「時間との競争」が緊要です。

高校の教科書にも「素質の劣悪な人々に対しては」

 ――政策や社会への旧法の影響も指摘されています。

 旧法の罪深さは、被害者に取り返しのつかない心身の傷を負わせただけでなく、障害者を「劣る者」「危険な者」とみなす誤った障害者観を打ち立て、障害者に対する差別意識や、弱い者には消えてもらいましょう、といった優生思想を広げたことです。

 法律のお墨付きを得たことで…

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